人生の過渡期

私の心の師である、五木寛之氏は3度の大うつ病を乗越え、その様子を書籍にしてくださっています。
それを心の支えにしながら、私も今を乗越えようと必死でもがいています。
案外そういった状況にいられる方は多いのではないかと最近肌で感じています。

そんな中、私はとある自分の変化に気づき始めました。
それは、過去を慮る行為です。
少し前までは、将来の自分がいかに今より笑顔が増えているかと願い、前へ進むことばかり考えていました。
なのに、最近の1日を過ごす中で、多くの時間を過去の探索に割いている、または見る夢が懐古的であることから、折り返し地点である今を痛感しています。
どんなにもがいても、若返りはしないし、活動的になることは出来ないと。
若者にどんどん道を譲りたいと。
自分だけのためには動けない。
後世の役に立つような、いわば資料のような作品を残さなければと考えています。
ただ、それを行うことが現在許されない状況にあります。
それを説明することができないのですが、必死で頑張ってきたのに、全てが不条理に感じて、気力をすべて奪われてしまいました。
なので、元気がありません。
その上、希望を持つことさえ許されないのですから、小さな絶望感を感じています。

日本のメディアでの通説で、前向きではないことはよろしくないという傾向がみられます。
全くの真逆をいく自分が否定されているように感じるので、自然とSNSから離れています。
ただただ自分は音楽の世界で生きていたという証を貼り付けていく作業をしています。

二十歳のころ描いていた現在の自分とは、かなり大きくかけ離れた場所に着地しているわけですが、それが今後どういう意味を持っているのか。
それさえ興味がないです。

今やっていて一番元気になれることは、英語の勉強です。
私を猛烈に掻き立てていた音楽とは少し距離を取っています。
そうすると少し元気が出ます。

全体的にセンチメンタルで、情けないブログの更新になりましたが、今を思いっきり正直に綴ってみました。

またお伝えしたい言葉が見つかりましたら、更新します。

皆様、今年は残暑が厳しいと言われています。
そうぞ、ご自愛頂き、楽しい毎日を送られることを願って止みません。

Eri

コメント

人気の投稿